研究・開発

アラゲキクラゲ栽培における貝化石の添加効果について

アラゲキクラゲ栽培における貝化石の添加効果について
【結論】炭酸カルシウムを主成分とする貝化石を培地に添加すると、培養日数を短縮できる。

アラゲキクラゲ(図1)を含めたキクラゲ属きのこは世界的に需要が高く、シイタケ、ヒラタケ属に次ぐ3位の生産量となっています1)。対して日本ではアラゲキクラゲを主としたキクラゲ類の生産量は3,132トンであり、国内消費量(生換算;26,308トン)の僅か11.9%にすぎません2)。近年、残留農薬や産地偽装といった輸入農産物のリスクがきのこでも明らか3)となったことでアラゲキクラゲにおいても国内産が積極的に利用されており、その生産量は15年間で34倍増加しています2, 4)。アラゲキクラゲが暖かい気候を好み、ビニールハウスのような簡易施設においても栽培出来ることは国内生産の拡大に貢献しています5, 6)。また最近では公設試験研究機関において培地配合や栽培条件等の研究が行われ、一部ではマニュアル化されていることもあり、安定生産技術が普及しつつあります7-10)。しかしこれまで輸入に依存していたため、他のきのこ種と比較すると育種・栽培に関する知見が乏しく、更なる試験研究が必要です。

図1 弊所で開発されたアラゲキクラゲ品種「菌興AP1号」

炭酸カルシウムは貝化石や牡蠣殻の主成分であり、作物等を栽培する際の土壌pH調整剤として市販されています。シイタケ11, 12)やブナシメジ13),マイタケ14)といったきのこ種においてはこれらを培地に添加した際の増収効果が報告されていますが、アラゲキクラゲにおいてはその添加について言及した報告は多いものの9, 10, 15-17)、添加効果を検証した報告は見当たりません。そこで私は菌蕈研究所が開発したアラゲキクラゲ品種「菌興AP1号」(図1:品種登録番号28531)18, 19)を用いて貝化石の添加が菌糸伸長に与える効果を調査しました(図2)。

図2 貝化石添加培地における菌糸伸長試験

培地配合は基材としてブナを、栄養材としてフスマと米ヌカを混合後、水を添加した培地の重量に対し、貝化石を0.5%刻みで0-3.5%添加しました(表1)。3週間の菌糸伸長試験を行った結果、貝化石の最適添加量は3.0%であることが明らかになりました(表2)。

表1 培地配合

貝化石を除く全ての材料は乾重比である。 アステリスクは貝化石のみ水添加後の培地重量に基づいて添加したことを示す。


表2 貝化石添加による菌糸伸長量

1) 1反復あたり試験管10本で実施した。 2) 値は平均値±標準偏差を示す。Tukey’s test (p < 0.05)によって有意差がみられた区画は異なるアルファベットで示している。

また、菌糸伸長試験の結果に基づき、調製した培地を耐熱袋に約2600 g詰め、栽培試験を行いました。アラゲキクラゲの栽培では培養期間として一般的に60日以上8-10)を必要としますが、栽培試験において培養日数60日試験区に加えて40日と50日の試験区を設けることで貝化石添加による培養日数短縮効果を調査しました。その結果、40-60日の試験区間に収量の有意差はなく、培養期間の短縮が可能であることが明らかとなりました(表3)。この研究成果が今後のアラゲキクラゲ国内生産基盤の強化と持続的発展へとつながることを期待しています。

表3 貝化石添加による収量性

1) アステリスクはDunnet’s test (p < 0.01)により貝化石無添加区と比較して収量性に有意差がみられた区画を示す。 2) 1反復あたり菌床6-7個で実施した。 3) 値は乾燥収量であり、平均値±標準偏差を示す。貝化石を添加した全区画間 (2.5-3.5%)で比較し、Tukey’s test (p < 0.05)によって有意差がみられた区画は異なるアルファベットで示している。

この内容は日本きのこ学会誌Vol. 29, 75-78 (2021)に掲載されました。

[引用文献]
1) Royse, D.J., Baars, J. and Tan, Q. 2017. 2 Current Overview of Mushroom Production in the World. Pp. 5–13. In: Zied, D.C. and Pardo-Giménez, A. (eds.). Edible and medicinal mushrooms: technology and applications. John Wiley & Sons LtD, NJ, USA.
2) 林野庁.2022.令和元年特用林産基礎資料,主要特用林産物需給総括表.URL: https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00501004&tstat=000001021191&cycle=7&year=20200&month=0&tclass1=000001021192&tclass2=000001157406 (cited date 15/6/2022).
3) 福井陸夫.2010. 安全・安心への取り組み,2010年度版きのこ年鑑.(株)プランツワールド.東京.Pp. 84-87.
4) 林野庁.2006. 平成18年特用林産基礎資料,主要特用林産物需給総括表.URL: https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00501004&tstat=000001021191&cycle=7&year=20060&month=0&tclass1=000001021192&tclass2=000001021545 (cited date 15/6/2022).
5) 木村栄一.2014. 施設空調型キクラゲ栽培の最新技術,改訂版最新きのこ栽培技術.(株)プランツワールド.東京.Pp. 222–228.
6) 関谷敦.2015. 九州はアラゲキクラゲ生産に適している.九州の森と林業 112: 1-3.
7) 松本哲夫.2011. 多品目のきのこを組み合わせた自然通年栽培.群馬県林業試験場研究報告 16: 27-50.
8) 西井孝文.2013. アラゲキクラゲ(Auricularia polytricha)の菌床栽培法.三重県林業研究所研究報告 5: 21-26.
9) 地方独立行政法人青森県産業技術センター林業研究所.2021. 青森きくらげ(青AK1号)」栽培の手引き 改訂版.
10) 徳島県立農林水産総合技術支援センター.2019. アラゲキクラゲ空調栽培マニュアル.
11) 篠田茂,本間広之,松本則行,安部一好,岸本隆昭.2001. シイタケ菌床栽培における培地組成方法の改善(III)加熱処理米糠及び消石灰,貝化石等の利用について.新潟県森林研究所研究報告 43: 51-59.
12) 阿部正範.2004. 菌床シイタケ栽培におけるかき殻粉末の添加効果.徳島県立農林水産総合技術センター森林林業研究所研究報告 3: 11-14.
13) 原田陽・宜寿次盛生・森三千雄・米山彰造.2003. ブナシメジ早生品種の子実体成熟に及ぼす炭酸カルシウム材料添加の効果.日本菌学会会報 44: 3-8.
14) 菅原冬樹・阿部実・鈴木博美.2020. 秋田県由来の農業および食品系副産物を用いたキノコの栽培技術開発-有用成分の増強と低コスト化-.秋田県林業研究研修センター研究報告 27: 1-30.
15) 山内正仁・池田匠児・山田真義・八木史郎・渡慶彦・山口昭弘・山口隆司.2015. 発酵バガス・黒糖焼酎粕培地を用いたアラゲキクラゲ栽培技術の開発.土木学会論文集G 71: III_229-III_237.
16) 川口真司,有馬忍.2017. 栄養体がアラゲキクラゲの発生に及ぼす影響.九州森林研究 70: 121-123.
17) 武田綾子.2020. 乾燥オカラを利用したアラゲキクラゲ菌床栽培技術.新潟県森林研究所研究報告 60: 40-45.
18)  奥田康仁・田淵諒子・作野えみ.2019. アラゲキクラゲ新品種の育成と品種識別マーカーの開発.菌蕈研究所研究報告 49: 5-12.
19)  農林水産省品種登録ホームページ.URL : http://www.hinshu2.maff.go.jp.

 

 

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