菌根性きのこを軸にした里山の再生と保存に向けて

(財)日本きのこセンターでは、平成19年7月から三井物産環境基金の助成を受け菌蕈研究所において、菌根性きのこを中心とする里山の再生と保存に向けた調査研究を行っています。その背景と内容について紹介します。

●里山とは

里山とは、文字通り「里」の「山」、すなわち私たちが暮らす場所の近くにある山のことです。人里に近い関係から、人間活動の影響を強く受け、本来的な自然(人手が全く加わっていない自然)が残っているところは、神聖な場所として保護されてきたお寺や神社の境内などわずかのところを除いてはほとんどありません。

現在、多くはアカマツ林やコナラやクリ、ミズナラあるいはシラカシやアラカシなどのナラ類やカシ類を中心とする雑木林ですが、所によってはスギやヒノキあるいはカラマツの植林地であったり、竹林や草地、また、これらの幾つかが組み合わさったものです。

したがって、このような現在の里山は、本来の自然に私たちがその暮らしを通じてさまざまに働きかけ、その結果として作られた人為的な自然ということが出来ます。

●利用と経済的価値

里山はかつて生活資源を得る場あるいは生活を営む場そのものとして農山村の人々の暮らしと密接なつながりをもってきました。例えば、樹木を用材として用いる他に、炭焼きの材料や薪として燃料に利用し、落ち葉や林内の下草を肥料や家畜の飼料に用い、また、きのこ類や山菜類を採取し、あるいは森にすむ鳥や獣を捕まえて食料にするなどです。

里山において、最近まで私たちが日常的に行ってきたこのような営みは、現在ほとんど見られなくなりました。シイタケなどのきのこ類の原木栽培は、里山利用の実例としてこの少数の例外に当たるものです。

里山はシイタケを始めとするきのこ類の原木栽培という利用形態においては今なお大きな経済的価値をもっていますが、一般的にはかつてほど生活的、経済的価値を持たなくなってきました。

その主たる要因として、農業から工業および商業への産業構造の変化と科学技術の進歩の影響が大きいと思われます。商・工業化に伴う都市の発達(労働市場の増加)と、そこでのいわゆる便利な暮らしによって農山村から次第に人口が失われてきました。技術革新によって燃料は薪や炭から石油やガスに、肥料は手軽で安価な化学肥料へと変化しました。

また、農産物生産や食品技術の進歩は多種多様な食品の生産と流通を可能にしました。これらは、里山からそこで暮らす人々を引き離すとともに、里山が従来担ってきた生活資源を生産し供給する場としての役割を著しく低下させています。

そして、里山の衰退と荒廃は正にこのことと軌を一つにしています。

●荒廃とその問題点

里山の衰退と荒廃は時代の流れともいえるものですが、では、里山をこのまま放置しておいてよいのでしょうか。私たちは里山における何代もの祖先の生活を通して、花鳥風月を愛でる心とか、さまざまな生活の知恵、物語など多くの日本文化を育んできました。

確かに里山は人為的な自然ですが、今や私たちの意識に違和感のない自然として存在し、本来の自然をも超えた安らぎを私たちに与えてくれます。日本文化を育んできた大切な源であり、私たちにとっての懐かしい原風景である里山を失ってはならないと思います。

「放って置けばまた元の本来あった自然の姿に戻るので、そのままにしておいた方が自然保護の目的にかなう」という意見がありますが、果たしてそうでしょうか。里山は人手の加わった自然なので、そこで暮らす生き物は本来の自然に比べて種類や数において少ないと一般に考えられがちですが、決してそうではありません。

確かに、スギやヒノキの林や竹林など単純な林層の林ではそういう場合もありますが、松林や雑木林あるいはそれらの混交林からなる里山では、そこでしか見られないような植物や動物、あるいはきのこ(菌類)も少なくありません。これらの生きものは里山の姿が変わっていくにつれて次第に姿を消していきます。従って、生物多様性の保全という自然保護の観点からみても、里山の荒廃は見過ごすことが出来ない問題です。

また、最近では中山間地域あるいは都市近郊でイノシシやクマ、猿などが出没し、地域住民の生活を脅かす事例が増加しています。この原因の1つとして、里山の荒廃による人と獣との緩衝地帯の喪失が指摘されていますが、このことは、今や里山の荒廃が人々の生命や生活に直接かかわる重大な問題としても見過ごすことができなくなってきたことを端的に示しているように思われます。

●荒廃への対策

今日、里山の荒廃は次第に国民的関心事となりつつあります。里山の再生・保全は国や地方自治体レベルでの重要な政策課題としても取り上げられ、民間の数多い団体による活動も含めて各地でさまざまな取り組みが行われるようになりました。しかし、これを成功させていくためには継続的に多くの労働力と資金が必要であり、これらの確保は容易なことではないと思われます。

では、どのようにすれば継続的に多くの労働力や資金が確保できるのでしょうか。里山が日本的情緒や文化を育んできた文化的意味において、また、生物多様性の保全という観点から、さらに人や獣との緩衝地帯として重要であるという認識が国民の間において次第に認識されるようになってきています。にもかかわらず人や資金は集まらず、持続的な運動として続けていくことは難しい状況です。

もし、里山が宝の山であればどうでしょうか。先に、里山荒廃の原因は、里山が従来担ってきた生活資源を生産し供給する場としての役割を著しく低下させてきたことにあるのではないかと述べましたが、このような里山は果たして宝の山になりうるのでしょうか。

確かに、従来里山が担ってきた幾つかの役割の中には必要とされなくなったものもあります。しかし、その逆に、時代の変化にともなって大きく必要とされるようになったものもあると思います。これらを見つけてうまく利用し、里山を改めて「価値を生み出す場」にすることが出来れば、里山を宝の山にすることは不可能ではないはずです。「価値を生み出す場」(宝の山)としての再生こそが、里山の衰退を止め、荒廃から守る唯一の方法だと思います。

●新たな価値を見出す

では、新たな「価値を生み出す場」として里山の役割を考えたとき、そこにはどのようなものがあるのでしょう。先ず、その一つは「安らぎの場」としての役割、そしてもう一つが「きのこ生産の場」としての役割だと思います。山歩きを楽しみ、多くの生きものに触れ合うことの出来る身近な自然としての里山は、ストレスに満ちた社会に暮らす私たちにとっての安らぎの場となり、また、子供たちにとっては環境教育の良い現場となります。

都会の人たちが山村に出かけてホームステイし、里山の自然に触れ合うことが出来るようになれば、観光とは違った新たな産業を生み出すことになります。「きのこ生産の場」としての役割は、シイタケ原木栽培やマツタケ生産において既に着目、利用されていますが、さらに発展させていける可能性がまだ十分残されています。

●菌根性きのこ

里山にはコナラやクヌギ、クリなどのブナ科樹種を主体とする雑木林やアカマツの林が多く見られます。このような林の地面にはホンシメジやマツタケに代表されるように優秀な食用菌が数多く発生します。これらの多くはブナ科やマツ科の木の根に菌根と呼ばれる特殊な構造を作り、それらの木と共生する性質をもっています。

このような性質を持ったきのこを「菌根性きのこ」と呼びます。先に挙げたホンシメジやマツタケは、その優秀な食用種として代表的なものです。その他にも松林やナラ類を中心とする雑木林に発生する優秀な菌根性食用きのこには、ウラベニホテイシメジ、ショウゲンジ、サクラシメジ、ヌメリササタケ、ニセアブラシメジ、チチタケ、ハツタケ、アミタケ、コウタケなります。これらは、マツタケほどではありませんが、地方によっては市場で結構な価格(種類によって100c当たり200〜500円)で販売されており、十分な経済的価値をもちます。

最近になってようやく、ホンシメジが室内で人工栽培できるようになりましたが、菌根性きのこは広く人工栽培されているシイタケやヒラタケ、ナメコ、エノキタケといった木材腐朽性きのこと異なり、マツタケに見られるように人工栽培が極めて困難であるという特徴をもっています。従って、優秀な食用菌であっても、生産は自然での発生に頼るしかありません。これは大量生産という観点からみると大きな欠点です。しかし、山で自然に頼ってしか栽培できないことは、見方を変えれば大きな利点でもあります。マツタケがそのよい例でしょう。

菌根性きのこの発生は、山にある樹種のほか、その樹齢、立地条件や林内環境などと密接な関係があり、何処ででも同じ種類が発生するとは限りません。一般に光が林床に十分に届かず、腐植が厚く堆積したような林では発生がほとんど見られません。

荒廃した里山を菌根性食用きのこの生える場所として「価値を生み出す場」にしていくためには、それぞれの山の実情に応じて、発生を目指す種類を選択し適切な林内環境の整備と管理を行うことが必要です。しかし、これに関する技術的知見はマツタケなどごく一部の種類に関するものに限られており、大部分の種類については分からないことばかりの状態です。

里山に見られる色々な菌根性食用きのこ

ハツタケ(松林)

ヌメリササタケ(雑木林)

アカヤマドリタケ(雑木林)

アミタケ(松林)

ウラベニホテイシメジ(雑木林)

コウタケ(雑木林)

●本研究の内容と目指すもの

経済的価値をもち、しかも、林地でしか生産が出来ない菌根性きのこを通じて、里山を「価値を生み出す場」(宝の山)として復権させ、里山の再生と保存を図っていくことが研究の大きな目的ですが、これを達成するためには、先に述べましたように、幾つかの解決すべき研究的・技術的課題が残されています。例えばある種類についてどのような気象的(地温、降水量など)条件あるいは環境的(光条件、湿度など)条件が発生を左右するか、林内においてどのような施業処理(間伐や枝打ち、地掻き処理など)を行えば、発生種やその量にどのような影響が現れるかなどですが、いずれも、調査から結果を得るまでには数年を要するものばかりです。

このような調査研究を積み重ねていけば、きっと里山の実情に応じて、発生を目指す種類を選択し、発生を促す、あるいは持続させるための技術を確立することが可能となり、きのこを軸とした里山の再生と保存という目的が達せられると考えています。